かっちゃんの会

 週末の飲み会は、ハルと彼女が誘ったふたり、それからいつもの営業部の三人娘と細山田とかっちゃん、それにボク、さらに営業支援部のフジさんが加わって合計十人の大所帯になった。場所はハル行きつけの小さなカフェで、そこを彼女が貸し切りで予約してくれていた。

 大喜びだったのはかっちゃんで、おーおー、なんでも好きなもの食え、飲め、といつにもまして上機嫌だ。それはハルが会の趣旨どおり常にかっちゃんを話題の中心に据えてくれるからで、本人の傍には決して座ろうとしないのに、絶妙のタイミングでかっちゃんに声をかけたりするものだから、こういう会にありがちな、主役なのに蚊帳の外、みたいな状況を作ることがなかったのだ。座持ちのいいやつとは聞いていたが、確かに、その片鱗は十二分に感じさせた。

 今日はかっちゃんの相手をハルに任せておけば大丈夫と思ったボクは、日頃から何かと気の合うフジさんとパイプ話に興じた。
 その頃、フジさんのマイブームは咥えパイプで、会社に持ち込んで文字通りそれを咥えながら仕事をしていた。ただ咥えてるだけで刻み煙草の煙を燻すわけではないのだが、一部のお偉い人たちからは怪訝な顔で見られている。そういう周囲の視線をまるで気にしないところがフジさんらしくて、ボクは好きだった。
「くゆらすという感じが、お前みたいな小僧にはわからんだろうなあ、ハハハ」
 などと言いながら、熱心にパイプ自体のこと、刻み煙草のことなどを教えてくれた。

 細山田の周囲はいつも通り営業部の三人娘ががっちりガードしている。そのうちの一人が今夜も周囲を気にせずカラオケをガンガン歌っている。まだ二十歳前後の彼女たちは年がら年中キャッキャしている。揃いも揃って男は外観!と言い切る連中だから、細山田以外はまるで眼中にない。
 ハルが連れてきた総務のまっちゃんは、ハルに言われたのか、かっちゃんの傍でずっと作り笑顔を浮かべたままだ。別のひとりは経理のみっちゃんで、フジさんとかっちゃんの間に挟まれて、どっちと話すればいいんだよぉ、みたいなサインをしきりに出すのだが、ハルは知らん顔を決め込んでいる。彼女はグラスの空き具合をチェックしたり、追加オーダーを出したり、今日は幹事役に徹するつもりのようだった。

 実を言うと、ボクは出会った最初の日からハルのことが気になっていた。ただ、とにかく彼女の人気は圧倒的だったから、簡単には近づけない感じがしていただけで、顔も雰囲気もスタイルも、ほぼ完全にど真ん中ストライクだ。
 だが、ボクは彼女のことをそんなに詳しくは知らない。せいぜい、誰に対してもざっくばらんなやつ、程度の認識しかない。でも、今夜の彼女を見ていて、彼女に備わった美点をいくつも発見した。
 その中でも特にいいなぁと思ったのは、意外にも彼女は主役になろうとしない、というか、根っからの幹事役というか、周囲を引き立てて自分が楽しめる、って感じの子だったことだ。つまり、話題を攫わない謙虚さとでも言えばいいだろうか。そんな好ましい一面があった。

 正直なところ、その場にいた男性四人はおそらく、今夜はハルと飲もう、って感じだったんじゃないだろうか? だから、彼女がこの会の女王の座を占めようとすれば、きっとお望み通り、この飲み会は彼女を中心に、彼女のための飲み会ってことになったことだろう。特にボクたちのしがない飲み会には初登場だから、そうすることも簡単にできたと思う。
 だが、彼女は幹事役に徹している。しかもそれが嫌々ではなく、彼女自身が十分楽しんでいる感じが伝わってくる。主役はどうしようもない中年男なのに、ちゃんと持ち上げ、バカ騒ぎする三人娘にも時々加勢し、女性陣が細山田を褒めそやすと一緒になって囃し立てる。
 ボクとフジさんのパイプ話も初めは黙って聞いていたが、ふたりの会話が途切れると、そういうのってどこで買うの? などと上手く話題に入ってくる。
隣でみっちゃんが暇そうにしていると、みっちゃんの彼氏なら絶対パイプ似合うよ! などと非公開情報をさり気なく披露してみたり、ちょっと茶目っ気もある。
 すると、今度はみんながえーっとばかりにみっちゃんに注目するから、さっきまで不機嫌一歩手前だった彼女が急に嬉しそうな顔になる。そしてかっちゃんの隣で頑張っていたまっちゃんが疲れて限界と見るや、今度はそっちに行って席を替わる。その時もただ黙って席を移動するだけでなく、
「ねぇ、ここに入れてよ、キンちゃんが全然仲良くしてくれないからさぁ~」
 なんてふうに言うものだから、今度はみんなボクの顔を見て、どーしようもないやつだなぁという感じになる。言った本人はしてやったりみたいな悪戯っ子の顔をしてニコニコしている。
 こういう子には弱いのだ。男は基本的にやられてしまう。

 そのうち、会はカラオケ大会と化すわけだが、これが意外にしんどい。歌うのがしんどいわけじゃなく、ちゃんと聴いてますよって感じにするのが面倒だ。
 カラオケ好きが何千曲でも歌い続けてくれればいいのに、結局は嫌でも歌わせられる。どうせ歌う曲は決まっているのだが、どのタイミングで入れれば邪魔臭くないのかなとか、そんなことをついつい考えてしまう。あー、面倒くさい。
 その日も適当に何か歌えばいいやと思っているところに、ハルが余計な情報を流す。
「マーちゃんから聞いたんだけど、キンちゃんって英語の歌とか歌うらしいよ、イヤらしい」
 何がイヤらしいんだよ、と一応反論するが、確かにそれはイヤらしい。普通、そんなことはしない。マーちゃんも相手見ながら話せばいいのにと思っても後の祭り。おいしい情報に三人娘や男どもが一斉に食いつく。

「マジ?」
「嘘でしょ?」
「お前が?」
「どこで歌ってんだよ?」
「信じられない?」
「お前…… ホント手段選ばん奴だな」
 そこにハルがまた余計なことを言う。

「マーちゃんね、キンちゃんの声が好きなんだって」
(聞いたことねえぞ、そんな話。適当に作りやがって……)
「ワォ~、熱いっすね、先輩」
「そうなんですか! マーちゃんって、野球の応援とか来てる人でしょ?」
「知ってる知ってる、あの細い人」
「女房女房、恋女房」
「おー、こいつな、こう見えて亭主関白だからな。この間酔っぱらってこいつんちに真夜中に行ったら、マーちゃんを叩き起こしてたもんな。オレにはできん」
「…… 引くわ」
 細山田まで調子に乗ってたたみかける。
(お前! お前のカミさんが三流芸人の追っかけやってることばらすぞ!)
 唯一、場が持っていかれそうになったかっちゃんがしびれを切らしてこう言う。
「ええから、歌えや、はよう!」
 と言われて英語の歌など歌う訳にも言わず、そこはハルの作り話として、結局適当に歌って、あとはかっちゃんが最後に何か歌って、その日はお開きということになった。

 最後まで上機嫌だったかっちゃんは、こんな言葉で締めくくった。
「ハーちゃん、ありがとう。またやるぞ、毎週集まれ、なっ、みんな!」

 風采の上がらないかっちゃんは、確かにモテそうにはなかったが、素朴なおっちゃんらしさで憎めないキャラだったから、そこにいた全員がまた集まるのだろうと思った。




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