また同じ夢を見ている。
夢と知りながら見続けている…… 私は都心から郊外へ向かう電車の中にいる……
見覚えのない景色が夕暮れの中に沈みかけている。
ここは、どこかしら……
そうだ。私は勇気を振り絞って会いに来たんだった…… ムーちゃん、あなたに。
梅田でショッピングなんて嘘!
気が付くと、ふらりと新幹線に乗っていたわ。
…………
「会えないよ」
あなたはいとも簡単にそう書き込んできた。
あなたと手をつないで歩けたらいいね、って書き込んだだけなのに、あなたは会えないという。会えば手をつなぐだけじゃ済まなくなるから、そんな理由で私の気持ちを無視しようとした。
「うん、私たちは精神世界で繋がってるんですものね。だけど、ムーちゃんが好き、ムーちゃんだけが好き、ムーちゃんのことだけを大切に思ってる…… それは本当よ、わかっていてね」
そう返信した。文字を書き連ねるたびに思いが募る。精神世界で繋がっているだけでいいと思っていたはずなのに、「好き」と書くたびにあなたに気持ちを奪われる。この気持ちを伝えたい。あなたに知っていて欲しい。もっともっと、あなたを身近に感じたい、あなたに触れたい、あなたに触れられたい…… そう思うのは自然なことじゃないの?
…… あなたが誘ったのよ。
私はただ過去の思い出をブログに書いていただけなのに。
両親に初めて買ってもらった携帯電話。それから、機種が変わるたびに重ねてきた学生時代の思い出を書き綴っていただけよ。そこにあなたが
「涙がでてきました」
そう書き込んできた。正直、へ~としか思わなかったわ。どこの誰かも知らないし。
「ハンカチをどうぞ」
普通に「ありがとうございます」で良かったかもしれない。でも、なんとなく、あの時はそんな気分だったのよ。私の思い出に時間を重ねてくれる人…… あなた以外の誰かが同じ言葉を書き込んだとしても、あの時ならきっと同じことを返信したと思う。あなたが特別だなんて思いも寄らなかった。気になったのはアイコンだけ。あのカエルの……
あなたはダイレクトメッセージを送ってきた。とても長いメッセージ。驚いたというより不審に思ったわ。私のブログが更新されないまま放置されていて寂しいとあった。どういうつもりなんだろうと思った。ブログの記事だけでこれほど思い込める人は、きっと結婚詐欺師かなにかだと思った。
でも、嬉しかった。私の言葉が誰かの心に届いていることが嬉しかった。それに、あなたのブログも時々読んでいたから、決して変な人だとは思っていなかった。
だからメッセージに返信した。率直に思っていたことを書いた。ブログはやめようと思ってると書いた。すると、あなたはメッセージだけボクと続けないかと誘ってきた。
そう、あなたが私を誘ったのよ。私はまんまとあなたの口説き文句に落とされてしまったのよ。
あなたの書き込んでくる内容は新鮮だった。
芸術の話をしているかと思えば、急にエッチな話をし始める。その話に私が付いていけないと告げると、今度は精神世界の話をし始める。
ひとつひとつが面白かったし、何度も送ってくるから、いつの間にかそれが当たり前になっていた。メッセージが届かないと物足りなくなった。
あなたはメッセージは私とだけ、と書いてきたから、あなたがブログのコメント欄で他の人とやり取りしているのを見ると、無性に悔しくてわざと機嫌を悪くしたりした。嫉妬してたのよ。だけど、あなたは嫉妬する女性が好きと言ったのよ。
あなたは何度も私を好きだと言った。何度も何度も。私はあなたが私を独身だと思って書き込みをしているようだったから罪の意識を感じ始めた。
「別に隠していたわけじゃないけど、私、結婚してるよ。聞かれなかったし」
そう書いた。騙していると思うのも思われるのも嫌だったから。すると、
「ボクも法律上の妻はいるよ。別居中だけど。
それに、好きになった人がたまたま結婚していただけで、結婚している、していないという理由で琴乃を好きになったわけじゃないからね」
そう返信してきた。
その時、咄嗟に単身赴任の主人のことを思った。今の生活を捨てるつもりも変えるつもりもなかったけど、私はあの時、
(この人好きかも)
そう思ってしまった……
そんなわたしの気持ちを揺さぶるように、あなたはこう続けた。
「好きになるのに動機や理由はいるけど、好きになったらそんなもの関係ないよね」
そうよ、理由なんかないわ。そして私はあなたに溺れた。
「ムーちゃんが好きよ。ムーちゃん以外の人に抱かれることはないわ」
本当の気持ちを言っただけ。私はあなたにだけ全てを見せたかった。心も身体も、裸のままの私を受け止めて欲しいと思った。
その時あなたなんて言ったと思う?
「ボクだって琴乃を抱きたい。
でもそれは今じゃない。いずれ神がその日を決めるよ」
どうして今じゃないの? なぜ神に委ねるの?
私にはあなたが逃げているとしか思えなかった。
だから、私が決めたのよ。今こそ神が決めた時だわ。
あなたに会う。これから会いに行く。
その先はどうなるかわからないし、今の生活を捨てるつもりはないけれど、会いたいのよ。
「ねぇ、どこに住んでるの?」
「聞いてどうするの?」
「どんなところで暮らしてるのかな~と思っただけ」
「新宿線の駅なんてどこも同じようなもんだよ。ごちゃごちゃして」
「……新宿線? そうなんだね。駅は?」
「ハハハ、それは秘密」
「どうして? なぜ教えてくれないの?
私は教えるわ、聞かれたら教える」
「聞かない。
だって…… 聞けば会いたくなるから」
「会いたくなったら会えばいいじゃない。どうしてダメなの?」
「また同じ話……
だから条件が揃わないんだって」
「…… 」
「条件が揃わないまま会うとする。会うと抱きたくなる。琴乃は手をつないで歩くだけと思ってるかもしれないけど、ボクはそうはいかない。必ず琴乃を抱く。一晩中何度も抱き合って離さない、朝になっても帰さない。ボクはそう決心する。
しかし朝、琴乃はボクより少し早めに目覚めて部屋の中を見渡す。脱ぎ散らかした服を見ながらこう思う。これがあなたとの現実なのねって。何もないのねって。抱き合う以外何もなかったのねって……
そして、琴乃はやつれたボクの顔を見てがっかりする。こんな人だったの……?
幻に抱かれた悪夢……
やがて琴乃はボクを置き去りにして去って行く。
騙されたと思って去って行く……
そして現実世界に戻る。
もうボクのことなど思い出しもしない。
取り残されたボクは途方に暮れる……
そんなの確認するまでもない」
あの時、あなたが書き送って来た言葉は一字一句そのまま覚えてる。なぜ私があなたを嫌いになるのか何度読み返しても意味がわからない。
…… 悔しい
そう思ったところで目が醒めた。
新大阪から西に向かう新幹線に乗ったんだった。実家の両親が旅行に出かける間、祖父の面倒を見るため、これから瀬戸内の海が見える場所に戻る。そう言えば、新幹線の中からメッセージしたことがあった。あの時はまだ楽しかったのに……