園井さんにはお世話になったので

『お久しぶりです。お元気ですか?
 池袋はいかがですか? 中澤さんのことだから、きっと周囲の方たちから愛されているんでしょうね。
 突然でゴメンなさい。お知らせした方が良かったかどうか迷ったんですが、武蔵野ではみんな仲良かったし、中澤さんだけお知らせしないのも失礼だと思ってメールしてます。

 園井さんがご病気だそうです。私も昨日、新しく来た支社長から聞いたばかりでびっくりしたんですが、入院されてるようです。
 駒井くんに知らせたら、彼もびっくりしてて、明日、御見舞に行くと言ってました。
 大勢で病院に押しかけるのもあれですし、駒井くんに様子を聞いてからと思ってます。
 中澤さん、何か聞かれたりしてます?
 もし、何かわかったらお知らせしますね。お知らせしてもお困りなら、返信貰わなくていいですから。
 では、お元気で。

 追伸 峰岸さんお元気ですか? 以前研修で一緒だったんですよ。よろしくお伝え下さい。』

 ウソだ‼……
 彼が元気なかったのは、義父さまの容態が悪いからだ。
 ウソだ‼……

 こんな大事なことを高島さんから知らされる、しかもメールで……

(遼ちゃん、これが本当なら、私は絶対に遼ちゃんを許さない!)

 悔し涙が流れてきた。

 遼ちゃん、遼ちゃん…… どうするの? これからどうするの?
 どうしたらいいんだろう、私はどうしたらいいんだろう……
 そうだ! 駒井クンだ。彼ならきっと教えてくれる。
 いや…… 遼ちゃんに迷惑かな…… 私があれこれ駒井クンに訊くのは変かな……
 どうするの? 遼ちゃん…… どうするの? 私はどうするの? どうしたらいいの?
 お見舞いに行きたい。この目で確かめたい。元気な遼ちゃんを確かめたい。
 行っちゃダメ? ねえ、遼ちゃん、行ってもいいよね、お見舞いなんだから、おかしくないよね?
 どうするの? 遼ちゃん…… 

 落ち着けない。落ち着こうとしても落ち着けない。
 落ち着いて、順番通りに考えなきゃ…… わかっていても、携帯の文字を眺めて、病院の様子が浮かんできて、ブレスレットを眺めて、遼ちゃんの笑顔が浮かんできて、またメールの文字を眺めて…… 息が止まりそうになる。

(そうだ‼ 高島さんに返信しなきゃ)
 ようやくそれだけ思い付いた。

『こんばんは。驚きました。大丈夫なんでしょうか。
 ご連絡ありがとうございました。ご連絡お待ちしてます。
 何かおわかりですか?』
 送信。

 読み直してハッとする……
 変だ。文面がおかしい。変に思われたらどうしよう……

 トゥルルルル…… トゥルルルル……

 ビクッとする。高島さん…… 反応が早い。

「こんばんは。お久しぶりです」
 相変わらず高くて澄んだ声。
「こんばんは…… お久しぶりです」
「びっくりするよね」
「はい……」
「何も聞いてなかった?」
「はい……」
 彼女は苦手だ。いつも上から目線で、わかって当然でしょ? 知ってて当たり前よね? と言われてる気になる。園井さんと年齢が近いせいか、妙に彼に馴れ馴れしいのもキライだ。

「私も昨日聞いて驚いた。今の支社長の黒崎さんと園井さんは同期なのよ。仲もいいらしくて、連絡が入ったんだって。それでびっくりして、チーム園井のみんなは知ってるのかなと思って駒井くんに電話したら知らないって言うから、ひょっとして誰も知らないのかと思ってメールしたの。そしたら誰も知らなくて。
 部店が違うと、ホント情報流れてこないのよね。上同士はネットワークがあるのかもしれないけど、私たちのところまでは来ないでしょ、だから、誰も知らなかったわ」
 何が言いたいのだ…… 肝心の容態はどうなのか、それだけ聞きたいのに。
「詳しいことはわからないのよ。信濃町の大学病院に入院してたらしくて」
「えっ…… 入院されてるんじゃないんですか?」
「あっ、そうそう、もう退院したらしいの」
 ホッとした。退院、その言葉は、私の中で治癒とか快方に向かうとか、そういう意味でしかない。
「駒井くんがすぐに千葉の同期に連絡入れて、どこにお見舞いに行ったらいいか聞いたんだって。そしたら、何日か前に退院して、今は自宅療養中だって。だから、駒井くんはご自宅まで明日行くって言ってたわ」
 自宅…… 行けない。
「じゃあ、お元気になられてるんですよね?」
「詳しくはわからないけど、癌だからね」

 癌……

 昔ほど絶望的響きはないものの、それでもこの病名は深刻な病状を嫌でも想起させる。
「摘出手術したくらいだから、発見は早かったんじゃないかしら。まだ四十歳ちょっとでしょ? 大丈夫よきっと」

 四十二歳です…… 来年一月に四十三歳です、わたしと八歳違いです。そんなこと、あなたに聞かなくても、知ってますから…… そう思ったら涙が流れた。

(悔しいよ、遼ちゃん! なぜ……)

「自宅療養なら、少し落ち着いた頃にお見舞いに行こうかなと思ってるの。あまり大勢で行くのもご迷惑だろうから、代表で二、三人かしら」
(そんなことまで仕切られなきゃならないの? ねえ、遼ちゃん……)
「駒井くんから様子を聞いたらまた連絡するね」
「…… すみません。お願いします。
 園井さんにはお世話になったので」
「わかりました。あなたと市来さんは園井さんのお気に入りだったから、お見舞いに行ってあげると、彼、きっと喜ぶよ」
「…… はい」
「じゃあ、また連絡するね」
 そう言って、電話は切れた。私はただ呆然と、ベッドに身体を投げ出した。  

 ぼんやり天井を見ている。
 いつか、海辺のマンションで、彼はうたた寝のまま眠ってしまったことがあった…… 疲れてるのかなと思っただけで、特別なことには何も気付かなかった…… あの時はもう体調がおかしかったの? そうだ、あの時は列車の中でも眠っていた…… 私が無理をさせたから?
 それなのに、私はあの人を自分のものにしたくて縋り付いた…… 帰りたくないと駄々をこねた……
 精神的に追い込まれた若い支社長の心配をしてた……
 人のことより自分の身体を心配してよ‼
 電話で諍いになった時、悪いと思ってるなら引き止めなさいよと言ってしまった…… あの時も、もう身体はきっと辛かったに違いない。

 遼ちゃん…… 遼ちゃん……
 なんで? どうして何も言わなかったの?
 …… 私は、あなたのお荷物でしかなかった。
 どうするの? 遼ちゃんはどうしたいの? 

 遼ちゃん…… 死なないで

 京極さんからのメールが届いたけど、もう見る気力もなかった。




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